「鯉のぼり※」は、日本のユニークで伝統的な風習です。
5月5日の「端午の節句※」は「こどもの日※」という祝日で、わが子の健やかな成長を願い、鯉のぼりを掲揚するという風習があります。
鯉のぼりが誕生したのは江戸時代で、古代中国の伝説から立身出世の象徴とされました。
現在では少子化や賃貸住宅の増加などの理由で、本格的な鯉のぼりを飾る家庭は減ってきています。その代わりに、手軽に飾ることができる室内用のスタンドタイプの鯉のぼりの人気が高まっており、多くの種類が販売されています。
この記事では、鯉のぼりの由来や歴史、特徴、種類(室内用、外用)などを解説します。鯉のぼりという日本独自の風習について、理解を深めてもらえれば嬉しいです。
※ 鯉のぼり: carp-shaped streamer
※ 端午の節句: 5月5日に男の子の健やかな成長を願う行事。
※ こどもの日: Children’s Day
鯉のぼりとは?
鯉のぼりとは、上の写真のような鯉の形を模した「吹流し」を、紐でポールに取り付けたものを指します。口の部分から風を取り込むと、まるで空を泳いでいるように見えます。
近年、都市部では鯉のぼりを飾る家庭は少なくなりましたが、地方では5月5日のこどもの日が近づくと、庭に立派な鯉のぼりを揚げる家を見かけます。
このセクションでは、日本で鯉は縁起が良いとされる理由と、鯉のぼりの歴史を説明します。
鯉は縁起が良い生き物
日本では、古来より鯉は縁起が良い生き物とされています。古代中国の伝説から鯉が立身出世の象徴となったことが最大の理由ですが、その詳細は後述します。
それ以外の理由としては、以下のことが挙げられます。
- 鯉は非常に生命力が強く、水質の悪い池や沼でも生息できる。
- 鯉は栄養豊富で美味な高級食材として、武士が好んで食した。
- 鯉は肉や内臓に様々な薬効があるとされ、薬用魚としても利用されてきた。
- 模様が美しい錦鯉※は「生きた宝石」とも呼ばれ、日本だけでなく海外からも人気が高い。
- 鯉は寿命が20~30年と非常に長い。
- 鯉は神の使いとされ、神社の池にいることが多い。
※ 錦鯉: 色鮮やかな体の模様が特徴の鯉の品種
鯉のぼりの歴史
ここで、鯉のぼりの歴史を簡単に説明します。
8世紀に中国から伝わった「端午の節句」という風習が、男の子の健やかな成長を願う重要な行事となり、江戸時代初期には、盛大に祝うようになりました。
将軍家に子どもが生まれると、端午の節句に「幟(のぼり)※」を揚げるようになりました。この幟をあげる風習が武家※では「五色(ごしき)の吹流し」に変化しました。
武家が五色の吹流しを揚げたのに対し、庶民は中国の伝説をもとにした「鯉のぼり」を揚げるようになりました。
現在の鯉のぼりは一般的にはカラフルな鯉が3~4匹ですが、江戸時代には黒い鯉1匹だけでした。
※ 幟: Japanese banner-flag
※ 武家: 武士の家系・家柄
鯉のぼりの由来
鯉のぼりの由来を語るうえで、中国の「登竜門※」の故事は欠かせません。
このセクションでは、「登竜門」の故事と、こどもの日と端午の節句との関連性について解説します。
※ 登竜門: gateway to success
中国の事「登竜門」の影響
中国の「登竜門」の故事が、鯉のぼりの由来とされています。
端午の節句は、江戸時代に入ると武家だけでなく、庶民の間でも重要な行事となりました。武家が五色の吹流しを揚げたのに対し、庶民は古代中国の「鯉の滝登り」という伝説をもとにした「鯉のぼり」を揚げるようになりました。
その伝説とは、「中国の黄河の上流に竜門という滝があった。その滝を見事に登りきった鯉は竜※となった」というものです。
ここから生まれた「登竜門」という故事成語は、現在でも「出世や成功のための関門」という意味でよく使われています。
※ 竜: 中国の竜は神獣・霊獣であり、日本では水を司る神として信仰の対象になっていることも多い。西洋のdragonとは別の生き物。
日本における鯉のシンボル
日本における鯉のシンボルとしては、「登竜門」の故事に由来する「立身出世」が第一に挙げられます。
こどもの日と端午の節句との関連性
現在、「こどもの日」と「端午の節句」は、「5月5日」という同じ日を指していますが、本来は由来も意味も異なります。
まず、「端午の節句」は8世紀に中国から伝わり、「5月の最初の午の日※」を祝う風習でした。この時期は季節の変わり目なので、病気や邪気を払うために、菖蒲(しょうぶ)※を飾ったり菖蒲湯に入ったりして無病息災を願っていました。
その後、端午の節句は、武家社会を中心に男の子の健やかな成長や立身出世を願う行事となりました。江戸時代になると、「午(ご)」が数字の「5」を連想させることから、「五節句※」のひとつとして「5月5日」にお祝いするようになりました。
江戸時代中期には、子どもの立身出世を願う風習である「端午の節句」と「登竜門」の故事が結びつき、鯉のぼりが誕生することになるのです。
「こどもの日」は、1948年に制定された「国民の祝日」です。第二次世界大戦後、祝日をあらためて制定する際に、端午の節句と同じ日である5月5日が選ばれました。これにより、こどもの日と鯉のぼりが結びつくことになりました。
※ 午の日: 昔の日本では日にちに十二支が割り当てられていて、その中で「午」にあたる日。12日おきに午の日が巡ってくる。
※ 菖蒲: iris
※ 五節句: five festival days
鯉のぼりの特徴
ここでは、現在の鯉のぼりの特徴を説明します。
江戸時代の鯉のぼりは和紙で作られていましたが、明治時代に木綿のものが作られるようになりました。そして、第二次世界大戦後にはナイロン製やポリエステル製のものが誕生しました。
化学繊維の鯉のぼりが日本全国で大量生産されるようになってから、地域ごとの違いが小さくなりました。
素材と作り方
① 素材
現在の鯉のぼりの素材は、「ポリエステル」と「ナイロン」の2種類があります。
屋外に掲揚する鯉のぼりは、紫外線や雨などの影響で生地の劣化や色褪せが避けられません。色褪せが始まるのは、ポリエステルで5~8年程度、ナイロンは2~3年程度とされています。使用状況や環境などで耐久年数は変わるので、あくまで目安です。
価格面では、ポリエステルの方がナイロンより高い傾向があります。どちらの素材も軽く、風速3~5m/秒程度の風で元気に泳ぎます。
② 作り方
鯉のぼりは、以下の流れで作られます。
- 染め
白生地を多種類の染料で染めます。
- 蒸し
高温で蒸すことで、色を定着させます。
- 洗い
余分な染料を洗い流します。
- 裁断
鯉のぼりの形に裁断します。
- 縫製
ミシンも使い手作業で縫製します。口輪やひれなども縫い付けます。
- 仕上げ
金具などの細かい部品を取り付けます。
地域ごとの鯉のぼりの違い
地域ごとの鯉のぼりの特色について、大まかに「関東系」と「関西系」に分けて説明します。
① 関東系
鯉のぼりは江戸(東京)が発祥です。初期は写実的なデザインのものが作られ、現在も顔周りや鱗などを細かく描写したものが多くなっています。また、江戸凧※の技術が転用され、極彩色が施された派手なデザインのものもみられます。
② 関西系
白地に単色の濃淡で描かれ、シンプルで上品なデザインのものが多くなっています。
関東と関西の間にある中部地方では、関東系と関西系が融合したようなデザインのものがみられます。
※ 江戸凧: 東京の伝統的な凧で多くの色で派手な絵が描かれている。
鯉のぼりの種類と構成
一般的な鯉のぼりの構成について解説します。
鯉は、上から順に、黒くて大きな「真鯉(まごい)※」、赤くてそれより少し小さな「緋鯉(ひごい)※」、青くて小さな「子鯉(こごい)」の3匹構成となっています。
また、通常は真鯉の上に「吹流し」も揚げ、さらにポールの先に「矢車(やぐるま)※」が取り付けられることもあります。
それぞれの鯉や吹流し、矢車は何を意味しているのでしょうか。
※ 真鯉: 江戸時代以前には一般的に見られた日本の固有種の鯉で、現在よく見かける黒い鯉とは別の種類。
※ 緋鯉: 真鯉から突然変異で生まれた体色が赤い鯉。
※ 矢車: 軸の周囲に矢羽根を放射状に取り付けたもの。
真鯉
江戸時代に鯉のぼりが誕生したときには、黒い「真鯉」1匹だけを飾っていました。そのことは浮世絵※23を見てもわかります。当時はこの真鯉が子どもを表していました。
明治から大正時代には「緋鯉」との二匹セットとなり、真鯉が父親、緋鯉が子どもを表すようになりました。第二次世界大戦後に「子鯉」が加わって三匹セットになってからも、真鯉は父親を表すことは変わっていません。
※ 浮世絵: 江戸時代に発達した色彩豊かな風俗画。
緋鯉
明治から大正時代にかけて、真鯉1匹だけだった鯉のぼりに赤い「緋鯉」が加わり2匹セットになりました。当時は、この緋鯉は子どもを表しており、男の子が複数産まれても緋鯉は1匹だけ飾っていました。
第二次世界大戦後に青い「子鯉」が加わって3匹セットになると、緋鯉は母親を表すようになり、子鯉が子どもを表すようになりました。
子鯉
第二次世界大戦後に、真鯉と緋鯉の二匹だけだった鯉のぼりに青い「子鯉」が加わり3匹セットになりました。これが現在よく見かけるタイプです。
子どもが二人、三人と増えるたびに、緑や黄、紫、オレンジ、ピンクなどの様々な色の子鯉を追加する場合もあります。
矢車や吹流し
鯉のぼりを揚げる際には、通常は一番上に「五色の吹流し」と呼ばれる、筒状の5枚の長い尾をもった幟を揚げます。
吹流しには、以下のような意味が込められています。
- 男の子の誕生を神様へ報告
- 男の子の誕生を近隣住民へ報告
- 古代中国の五行説※に基づく邪気払い・魔除け
また、ポールの先端に「矢車」をつけることもあります。
矢車には、以下のような意味が込められています。
- 神様への強いアピール
- 音・円運動による邪気払い・魔除け
※ 五行説: 古代中国で生まれた自然界のすべてのものを5つの要素に分類する思想。
実際に鯉のぼりを飾ろう
それでは、実際に鯉のぼりを購入し飾ってみましょう。「大きな庭がないからウチでは無理だ」と諦めるのは早計です。
現在では、屋外用だけでなく室内用の鯉のぼりの種類も非常に充実しています。このセクションでは、鯉のぼりの種類や飾る時期、保管方法について解説します。
鯉のぼりの種類と選び方
近年、特に都市部では大型で立派な鯉のぼりを見かけることが少なくなりました。その原因として、少子化や核家族化、経済的な問題、賃貸住宅の増加などが考えられます。
最近では、室内用の鯉のぼりの種類が豊富で人気が高く、屋外用でも手軽に設置できるタイプの人気が高くなっています。インターネットの通販サイトや実店舗の商品を見て、ご自身の家庭に合ったものを選びましょう。
室内用の鯉のぼり
「家に広い庭がない」、「経済的な余裕がない」などの理由で、屋外に鯉のぼりを設置することが難しい場合には、室内用の鯉のぼりがおすすめです。
現在、多くのメーカーが多くの種類の室内用鯉のぼりを販売しています。
手に持てるミニサイズの鯉のぼりは、室内だけでなくベランダにも飾ることができます。また、スタンドタイプの人気も高く、単体で飾ってもいいですし、五月人形※や兜と並べて飾っても見栄えがします。それ以外にも、壁掛けタイプやモービルのように吊るすタイプなどもあります。
値段は5,000円〜50,000円程度と比較的安く、場所を取らず設置・片付け・お手入れも簡単です。
※ 五月人形: 男の子の誕生を祝うとともに、健やかな成長を願うために、端午の節句に飾る人形。
外用の鯉のぼり
心地良い5月の風を受けて、元気よく空を泳ぐ鯉のぼりは、見ていて爽快な気分になります。
大きな庭のある家庭では、わが子の健やかな成長を願うために本格的な鯉のぼりを揚げてみてはいかがでしょうか。
ポール、矢車、吹流しと3匹の鯉のセットで、10万円台から70万円近いものまであります。設置はプロの業者に依頼すると安心です。
近年は、杭を打ち込まないスタンドタイプのものや、ベランダから庭にロープを張って吊るすタイプのものなど、簡単に設置出来て価格も抑えられる屋外用の鯉のぼりも人気です。
飾る時期
鯉のぼりは、いつまでに飾り始めなければならないという決まりはありません。
一般的に、3月下旬から4月上旬頃から飾り始める家庭が多いです。
また、片付ける時期も決まりはありません。梅雨が始まる前に天気の良い日を選んで片付けるとよいでしょう。
適切な保管方法
鯉のぼりは、通常は数年で生地の劣化や色褪せが始まります。できるだけ長くきれいな状態を保つには、適切な方法で保管することが重要です。鯉のぼりを片付けるときに、一匹ごとに汚れがあるかを確認します。
① 目立った汚れが無い場合
固く絞った布で全体を軽く拭いてから陰干ししてよく乾燥させます。
② 部分的な汚れがある場合
台所用中性洗剤をぬるま湯で薄め、それを布につけて汚れ部分を優しくたたき洗いします。汚れが落ちたら、水で何度かたたき洗いして生地に洗剤が残らないようにします。その後、全体を軽く拭いてから陰干ししてよく乾燥させます。
③ 全体的に汚れている場合
たらいやバケツにぬるま湯で薄めた台所用中性洗剤を入れ、1時間ほど鯉のぼりをつけおきにします。その後、優しく押し洗いして、泡が出なくなるまで何度か水ですすぎます。生地を押すようにして水を切ったら、陰干ししてよく乾燥させます。
十分に乾燥させたら、きれいにたたんで元の箱の中に戻し、クローゼットや押し入れの一番上の段などの湿気の少ない場所に保管します。乾燥剤も一緒に入れておくのもおすすめですが、防虫剤は変色などのおそれがあるため入れてはいけません。
まとめ
この記事では、鯉のぼりについて解説しました。
「端午の節句」の風習から、江戸時代には男の子が生まれると、武家では「五色の吹流し」を、庶民は「鯉のぼり」を揚げるようになりました。
鯉のぼりの由来は、中国の「登竜門」の故事で、立身出世の象徴となりました。
第二次世界大戦後に、「こどもの日」が端午の節句と同じ5月5日となり、こどもの日と鯉のぼりが結びつきました。
一般的な鯉のぼりは、「吹流し」の下に「真鯉」、「緋鯉」、「子鯉」の3匹構成で、それぞれ父親、母親、子どもを表しています。
最近は、室内用の鯉のぼりの種類が豊富で人気が高く、屋外用でも手軽に設置できるタイプの人気が高いです。
こどもの日に鯉のぼりを飾るのは、日本独自に発展してきた風習です。こどもの日が近づくと、上の写真のようなたくさんの鯉のぼりが空を舞う行事も各地で開催されます。
鯉のぼりの実物を見て、その美しさと壮大さを実感していただけたら幸いです。